マニアックすぎるファミコンのトリビア パート①
マニアック過ぎるファミコントリビア パート①
今回はディープ企画。ファミコンに興味ないひとには
まったく興味のないであろうマニアック過ぎるトリビアネタを紹介します!
①『宇宙海賊の宝』という、、、謎のファミコンソフトが存在した。
こちらは1986年頃のファミマガに掲載されていた
謎のファミコンソフト『宇宙海賊の宝』の画像である。
A4サイズの大きさのブック型ファイルにディスク
ミニ冊子、カセットテープが付いていたようだ。
さすがにピンと来たかな。そう、このソフトは『銀河伝承』のプロトタイプなのだ。
おそらく開発段階でタイトル&パッケージデザインの
変更があったものと思われるが、何らかの理由で
写真の差し替えが間に合わなかったのだろう。
いっさいのフォローもなく、そのまま載せちゃってるゆるさが良いよね
◆ マニアック過ぎるファミコントリビア②◆
『ドラゴンボール神龍の謎』は、、、
ROMカートリッジが紫色だった。
こちらも開発段階ネタ。ファミコンソフトの中には広告
ROMカートリッジが紫色だった。
こちらも開発段階ネタ。ファミコンソフトの中には広告
チラシに載っていたROMカートリッジと、実際に
販売されたもののデザインが違うなんてことがよくある。
本作の場合は、ラベルデザインのみならず
ROMカートリッジの色まで違っていた例だ。
ちなみに、亀仙人がROMカートリッジを
手に持っているバージョンのチラシのデザインも
よく見ると製品版と色合いがビミョウに違うぞ!
◆ マニアック過ぎるファミコントリビア③◆
お次は紫色つながりで、、、
ローラ姫はかつて、、、
髪の毛が紫色だった。
ローラ姫といえばくりくりの茶髪というイメージ。
髪の毛が紫色だった。
ローラ姫といえばくりくりの茶髪というイメージ。
ゲーム画面の彼女も、その後の公式ビジュアルの彼女も
髪の毛は茶色で統一されているのだが、初代『ドラクエ』
のごく初期に出回ったチラシ・広告では鮮やかな紫色で
描かれていたことがファンの間で知られている。
もしかしたら昔ちょっとヤンキーだった!?
◆ マニアック過ぎるファミコントリビア④◆
奥田民生はかつて、、、
国際派ファミコニストだった。
ミュージシャンの奥田民生さんが
国際派ファミコニストだった。
ミュージシャンの奥田民生さんが
「音楽界の国際派ファミコニスト」と名乗って
活動してることを、当時のファミ通が伝えている。
一番好きなタイトルを聞かれた同氏は
ヒューマンの『ファイアープロレスリング』と語っていた。
この堂々たる姿よ!
◆ マニアック過ぎるファミコントリビア⑤◆
次は、、、
これぞマニアック過ぎるファミコントリビアといった感じ!
『トップルジップ』に付属する、、、
フィギュアの種類は全6種類。
フィギュアの種類は全6種類。
特製の缶ケースに入った本作にはオマケとして
キャラクターフィギュアが付属しているのだが、長い間
「それが何種類なのか」がコレクターたちの問題になっていた。
さらに言うと、こいつの正式名称も定まっておらず
キャラ模型、オマケ、フィギュア、チョロジップなど
様々な名前で呼ばれていた。本当は「ポケB」っていうらしいよ。
そこでちょっと販売店様にお願いなんだけど
『トップルジップ』を陳列する際には
どんなポケBが入ってるのか、わかるように
してくださるとありがたいです。工夫次第ですぐ売れちゃうかも!?
◆マニアック過ぎるファミコントリビア⑥◆
ポニーキャニオンは、、、
その昔、ポニカだった。
『おにゃんこTOWN』や『アタックアニマル学園』で
その昔、ポニカだった。
『おにゃんこTOWN』や『アタックアニマル学園』で
知られるフジサンケイグループ傘下のレコード会社
ポニーキャニオン。1988年以前はポニカという名前で
活動していたようだ。
もともとはパソコンソフト部門のブランド名だったという。
ちなみに『アタックアニマル学園』主人公の
スケバン・ノッコはステージを進むにつれて
セーラー服から体操服ブルマ姿、スクール水着姿へ
変化することから、私は本作を元祖・コスプレ系ゲームと呼んでいる。
◆ マニアック過ぎるファミコントリビア⑦◆
『帰って来た!軍人将棋なんやそれ!?』は、、、
ゴールドがもらえるキャンペーンを行っていた。
ゴールドといってもゴールドROMカートリッジの
ことではなくて本物の24金ゴールドである。あー
良かったと胸を撫で下ろすコレクターたち。
しかしよく考えると1グラムとはいえ
金を配っていたなんてなんともバブリーな話だ。
◆ マニアック過ぎるファミコントリビア⑧◆
※雑誌ハイスコア(86年)より
『スーパーマリオブラザーズ2』は、、、
ROMカセットが発売される予定だった。
最後はこれ。ディスクで一番売れたゲームソフトである
ROMカセットが発売される予定だった。
最後はこれ。ディスクで一番売れたゲームソフトである
『スーパーマリオブラザーズ2』にはROM化の話があり
実際に任天堂社内で検討されていたという。
このプロジェクトがどんな理由で頓挫したのか
今となっては知る由もないが、プロトタイプを
つくる段階まで進んでいたのなら夢があるよね、、、
かつて数十年前、ヤフオクで初めて『スーパーマリオブラザーズ2』
かつて数十年前、ヤフオクで初めて『スーパーマリオブラザーズ2』
のパチモノROMカートリッジが出て来たとき
一瞬、夢を見てしまったのは私だけではないはずだ。
それは当時、そのような噂を聞いていたからだった。
実は雑誌が取り上げるくらいには信憑性の高い話だったのである。
なんなら、この記事が噂の発生源だったのかもしれない、
なんなら、この記事が噂の発生源だったのかもしれない、